エネルギー源
体の中で用いる全てのエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)から得られます。ATPがADP(アデノシン二リン酸)と無機リン酸とに分解されるときにエネルギーが放出されます。このエネルギーにより、人間は活動することができるのです。ATPの供給源には炭水化物・脂質・たんぱく質とがあります。
炭水化物
炭水化物は筋と肝臓ではグリコーゲン、血中ではグルコースの形で存在し、人間は約1500kcalのエネルギーを炭水化物として蓄えています。肝臓で蓄えられているグリコーゲンは、必要な時にグルコースに分解され、血中に放出されていきます。その後グルコースは筋に取り込まれて、グリコーゲンに再合成されるか、ATPを得るため乳酸にまで分解されるのです。(→解糖系)(→有酸素系)
脂質
人間は、体全体で約70000kcalものエネルギーを脂質として蓄えています。食事により得られた脂質のほとんどは体の中の脂肪細胞にトリグリセリドとして蓄えられます。そして運動時など必要な時には、脂質はグリセロールと遊離脂肪酸(FFA)に分解され、血中に放出されます。その中でFFAは筋に取り込まれ、筋肉内のミトコンドリアにおいてATP産生のために用いられます。(→有酸素系)
たんぱく質
たんぱく質は他の炭水化物や脂質に比べるとエネルギー供給の割合は小さく、持続的な運動をしている時に全体の5〜10%ほど供給に関与しているのみです。食事等で摂取したたんぱく質はアミノ酸に分解され、筋においてATP産生に用いられます。
炭水化物と脂質の割合
運動ではエネルギー供給において、各栄養素が用いられる割合は一定ではなく、行う運動強度、持続時間などにより変化していきます。強度の高い運動では、脂質はほとんど用いられず、炭水化物のみが唯一のエネルギー源となります。一方、運動強度が低くなるにつれ、脂質の割合が大きくなっていきます。しかし、脂質だけがエネルギー源となることはなく、常に炭水化物による供給は行われているのです。 また、運動開始時には炭水化物の割合が大きいのですが、運動を続けていくと、徐々に脂質の関与が大きくなっていきます。
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ATP産生
もともと、筋の内部に通常あるATPの量はごくわずかであり、それだけを使って運動をしようとしても、筋肉は1秒以上収縮することもできません。ではなぜ長時間にわたり運動ができるのか?というと、ATPから分解されたADPが再びATPに再合成されるためなのです。そのルートは@ATP−PCr系、A解糖系、B有酸素系の3つのルートがあります。
ATP−PCr系
筋の内部にはATPの他にクレアチンリン酸(PCr)というものが存在します。そのPCrがクレアチンと無機リン酸に分解するときにエネルギーが発生し、そのエネルギーを用いてADPはATPに再合成しています。この系はエネルギーをとても速く供給できるのですが、筋肉内のPCrの量に限りがあるため、最大限に動員されるとたった7〜8秒でATP供給は停止してしまいます。
解糖系
筋の中にある糖(グリコーゲン・グルコース)を分解し、その過程で得られるエネルギーによりADPをATPに再合成するのがこの系です。ATP−PCr系と解糖系は酸素を必要としないため、無酸素系とも呼ばれます。グルコースとグリコーゲンは、幾つものステップを経てピルビン酸というものに変換されていきます。その過程の中でATPが産生されるのです。解糖系での反応が緩やかな場合、ピルビン酸はミトコンドリアに取り込まれ、最終的に水と二酸化炭素にまで分解されていきます(→有酸素系)。しかし、ピルビン酸の生成速度が速くなり、ピルビン酸の処理能力を上回ると、処理出来ない分は乳酸に変換されていきます。 産生された乳酸は大きく分けると2通りの方法で処理されていきます。@乳酸ができた筋自体が処理をする方法で、解糖系の流れが緩やかになった時に、乳酸がピルビン酸へと再変換され、ミトコンドリア内で処理される方法。A乳酸を産生した筋ではなく、肝臓や他の筋で処理される方法。 解糖系はここで紹介する3つのATPの産生ルートの中で、エネルギー供給速度、供給時間ともに中間であり、最大限に動員されると供給時間は30秒前後です。これは解糖系で産生される乳酸が疲労物質として作用し、一定の濃度以上溜まると、筋の収縮を停止してしまうためです。
有酸素系
この系は、筋肉内のミトコンドリアで、酸素を用いてATPを産生していきます。解糖系で生成されたピルビン酸、あるいは血中の遊離脂肪酸(FFA)から生成されたアセチルCoAはミトコンドリア内でTCA回路(クエン酸回路、クレブス回路とも呼ばれる)に取り込まれ、複雑な過程により処理されていきます。この回路により水素が生成され、最終的に酸素を還元し水を生成していきます。この過程においてエネルギーが産生されADPをATPに再合成していきます。 この方法は複雑なため一番エネルギー供給速度が遅くなります。しかし、酸素が十分に供給され、糖や脂質がなくならない状態であれば、長時間エネルギーを供給し続けることが可能です。
運動とATP産生
3つのATP産生ルートは運動時間と運動強度により使い分けられます。強度がきわめて高く短時間で終わるような運動(100m走など)では、最もエネルギー供給速度の高いATP−PCr系から大部分のエネルギーが供給されます。これよりも運動時間が長く運動強度も低くなるに従い、徐々に有酸素系の関与が徐々に大きくなっていきます。解糖系は他2つの中間に位置するため、運動時間・強度ともに中度の場合に関与が大きくなり、運動時間が極端に短い場合や長い場合の関与は低くなります。
30秒以内 | ATP−PCr系 | 100〜200m走、バット・ラケットのスイングなど |
30秒〜1分30秒 | ATP−PCr系+解糖系 | 400〜1000m走、100m競泳など |
1分30秒〜3分 | 解糖系+有酸素系 | 800m走、ボクシングなど |
3分以上 | 有酸素系 | 球技種目、1500m〜マラソンなど |